月刊誌「みにむ」1997年6月号
1.はじめに
「何で今ごろあのようなこわい国に行くのか、また行ったのか」と何十人もの方々から質問を受けた。
パリで編集し、衛星で送られた内容が東京で印刷されている「ヘラルド・トリビューン」という日刊の英字新聞と、ロンドンで編集され、衛星で送られた内容がホンコンで印刷された週刊の英文雑誌「エコノミスト」は、どちらも世界中同じ内容だが、ここ数ヵ月間、この国のことが出ていないことがない。
もちろん英語版の週刊誌「タイム」や「ニューズウィーク」の各アジア版にはここ数ヵ月毎号この国の記事が掲載され、最近では記事の分量がだんだん増えてきた。
特集記事すら出始めた。
日本の新聞やテレビもシリーズで「食糧危機」「経済危機」「国家の破綻」を問題にしはじめた。
「何でこの時期にそのような国に行くのか」
と多くの方々がご心配下さったのも十分理解できる。
視察シリーズ第3回目の今回はその朝鮮民主主義人民共和国からの報告である。
(お読みになりやすいように今回はQ&A方式で書かせて頂く。)
2.「普通の国にならざるを得ない朝鮮民主主義人民共和国」
Q1.どのような経緯で行くことになったのですか。
A.私の尊敬する高井伸夫法律事務所の高井伸夫先生から訪問団を組織したので行かないかとお誘いを受け、私も非常に関心があったので同行させて頂きました。
29名の訪問団でした。
Q2.いつごろどこから行ったのですか。
A.今年のゴールデンウィークの始まりの4月28日(月)から5月3日(土)までの5泊6日の日程でした。
130名乗りのコリョ航空機を使い、名古屋空港からピョンヤン順安空港まで2時間15分の空の旅でした。
この国と日本には航空協定があり、一年に20便のチャーター便が日本の空港からピョンヤンまで行くことになっているそうです。
ただ近年は、ゴールデナンウィークやお盆中などを中心に年に10便位しか直行のチャーター便は出ていないそうです。
Q3.どんなところに泊りましたか。
また、あちこち行くのは自由でしたか。
カメラやビデオの撮影は自由でしたか。
A.宿泊はその国で一番よい外国人用のホテルでした。
ベッドルームの他に書斎や居間、トイレが入口とベッドルームの奥と二つもついている広々とした部屋でした。
日本にも自由に電話やファックスができました。
外出は全く自由でした。
ピョンヤン市内ならどこへでも自由に行けました。
ただ、ハングル文字が読めず、また、ハングル語が使えないと迷子になった時困るので、外出は二人以上でするように注意を受けました。
朝5時から一人で街を散歩した方もおられました。
カメラやビデオでの撮影は全く自由でした。
何の制約も受けませんでした。
NHKのアナウンサーの高井真理子さんとTBS系の番組制作会社の方も同行なさっておられましたが、お二人ともずっと小型ビデオをまわしておられました。
Q4.街の様子はどうでしたか。
A.人口300万人といわれるピョンヤン市内は1959年の朝鮮戦争でほとんど廃墟となった後、建設された都市なので広い道路で緑豊かな整然とした美しい街並でした。
一階がお店の高層アパートが林立している様子には驚きました。
路上生活者や、物乞いの人、物売りの人は一人も見られない、ゴミ一つ落ちていない清潔感あふれる都市でした。
核シェルターにも使われるという地下100mのところを走る地下鉄にも乗りました。
シャンデリアの光かがやく素晴らしい駅構内でした。
少し混雑していた地下鉄内では小学生に席を譲られその親切に感じ入りました。
広い通りなのに乗用車はベンツが何台か走っているだけでした。
乗用車は政府関係の人しか利用しないようです。
自転車やオートバイはほんの数台しか5日間で見ませんでした。
人々はピョンヤン市内では地下鉄とトロリーバスとバスを利用して、市外ではバスとトラックの荷台を利用して移動。
あとはすべて徒歩。
みんなテコテコ歩いていました。
となり町へ行くのにも歩いていました。
バス利用の訪問者である我々ですら、1日1.5万歩平均歩きましたので、おそらく、ほとんどの国民が毎日1万歩以上は歩いていると思いました。
Q5.人々はどんなものを身に付け、また、食べていましたか。
A.我々は訪問団なので、食べ物は十二分に出されました。
こんなぜいたくなものを口にしてはこの国の人に申し訳ないと思われるようなものが毎食出されました。
ただ、口をつけたものを残しては、国情を考えると申し訳ないと思いまして口をつけたものはなるべく全部食べるようにしましたら、2㎏も体重が増えてしまいました。
普通の人々がなにを食べているかは実際よくわかりませんでした。
メイ・デーの5月1日に公園に行きましたが、サンドウィッチやおにぎりのようなものと簡単な果物と水をもって、ピクニックをしていた人が多かったように思えます。
ただよくよく聞いていくと、その公園に来られるような人々は非常によい方で、一日一食の人が多いとお聞きしました。
子供の顔や身体つきも年齢にしては2~3才小さいような気もしました。
どこへ行ってもみなこざっぱりしたものを身に付けておられました。
ただ衣服の材質は余りよくないようでした。
革の靴はフォーマルの時で普段はズックの靴を身に付ける人が多いようでした。
物は月2回配られる配給切符を持っていくと売ってくれるようです。
食べ物の配給が随分と少くなっているとお聞きしました。
みんなでデパートに行って来ました。
大体のものはそこで買えるようですが、月収で日本円にして5000~9000円の方が多いとお聞きしていましたので、その収入では余り買えるものがないのではと思いました。
女性用のひざ上までのストッキングが15ウォン(約900円)もするのには驚きました。
私は外国に行くと宿泊先のホテルでよく床屋さんに行きますが、ピョンヤンのホテルでは15ウォン(約900円)でした。
約1時間かけていねいにピョンヤン・カットをして下さいました。
(ホテル以外では10分の1以下の価格だとお聞きしました。)
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